そばの散歩道


第3回 山葵

辛いがうまいわさびの味

向笠千恵子(フードジャーナリスト、エッセイスト)

 わさびは環境にすさまじく敏感な植物なので産地はごく限られる。水質が弱酸性から弱アルカリ性で、平均水温が8〜18度、イワナやヤマメが棲む清らかな水が流れていることが条件。こういう水は酸素をたっぷり含んでいるから、人間はわさびを通じておいしい酸素を食べているともいえる。

 わさびといえば薬味やわさび漬けばかり知られているが、最近は三杯酢漬けや醤油漬けが人気上昇中。さっぱり味が焼酎に合うし、ごはんの友にも喜ばれている。でも、産地にはもっと驚くわさび料理がある。

伊豆・天城のわさび農家で教えてもらったのは、わさびの茎を塩もみして、椎茸といっしょに炊き込んだわさびご飯。辛さではなく爽やかな香りを楽しむ。茎の塩もみを塩昆布の千切りと和えると辛味がマイルドになっておつ。葉や花は白和えがすがすがしいし、天ぷらにすれば自然界の息吹きを楽しめる。

 天ぷら以外は下ごしらえが肝心。わさびが新鮮なうちにざくざく切って熱湯をかけ、すぐに冷たい水に取って、水を切ってから塩をぱらりと振り、水分がじとっと出てくるまで揉みに揉む。苦味を辛味に変えてやるのだ。

 ほかにも、天城では餅におろしわさびを搗きこんだわさび餅という大福や、焼酎におろしわさびとみりんを加えたわさび酒が忘れられない。また、信州・安曇野では、ゆでたてスパゲティをおろしわさびとバターで和え、醤油を落としたわさびスパゲティで和伊折衷のすばらしさを知った。

 つい先日も新たなメニューを発見した。山形県境に近い新潟県村上市の山間部にある高根でのこと。仲間と味噌仕込みツアーを計画し、郷土料理も学ぼうという旅だった。その時、地元の女性たちが「今日の一番のごちそうはこれ! この時季にしか、わたしたちも食べられないの」と言って、実習指導付きでごちそうしてくれたのだ。

 その名も「わさび」と単純明快な名の、具だくさんで汁気たっぷりの煮物である。この地域ではごちそうには「大海」と称するのっぺい風煮物を欠かさないのだが、雪の下から新しい葉を伸ばしてきたわさびが採れる春は、「大海」にわさびをどっさり加え、清冽な辛味とともに生命の季節を喜ぶのである。

 これにもちょっとした秘訣がある。わさびは根だけでなく茎も葉も辛いので、すべての細胞を壊してやると辛味がどんどん増してくる。そこで彼女たちは、すりこ木でわさびを叩きに叩いてから刻んだりおろして、それを里芋、ニンジン、大根などを煮込んだ汁に加える。混ぜながらツーンと辛味が鼻にきたら出来上がり。辛味が飛ばないうちに急いで食べる。辛いがうまい、のである。

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