そばの散歩道


第10回 しいたけ

うま味、香り、ビタミンDが豊富なおいしさは、里山と農家のやさしさから生まれる

向笠千恵子(フードジャーナリスト、エッセイスト)

 スーパーのしいたけは菌床栽培ものばかり。つまり人工的な環境で育っている。でも、本物のしいたけ栽培は、林業のように自然に密着した仕事。作業はクヌギやシイといったほだ木材料に菌を打ち込むことから始まる。ほだ木を置くのは木陰で、木漏れ日が射すぐらいの明るさがいい。朝晩の寒暖差、適度な湿気、十分な積算温度も不可欠だ。おだやかな日陰でじっくり育ったしいたけだけが、うま味、食感、栄養を備えるのである。

 その点、天城連峰を擁する伊豆は、原木にも環境にも恵まれているうえ、大消費地の東京が近いため、栽培にうってつけ。わたしは伊豆に行くと、しいたけ農家に寄り、収穫したてを分けてもらい、友人宅へ駆け込む。すぐに料理して味わうのだ。笠の襞が湿っていて真っ白なうちが食べどきだからである。

 しいたけには生と乾物の2種類ある。わたしの好物は、肉厚の生しいたけの軸を切り取り、みじん切りのにんにくとパセリ(あればベーコンも)、バターを笠に詰めてフライパンで焼き、仕上げに醤油をじゅっとたらす簡単ソテー。そぎ切りをオリーブ油で炒め、赤ワインをふるのもいい。あわびのような食感だ。

 一方、中華や煮物にするには断然、干ししいたけがおいしい。そばやうどんの種物にも、太巻きずしやちらしずしの具にするときも、やはり干ししいたけがいい。

 その理由は、しいたけは乾燥するにつれ酵素が働いて生のときとは別の芳香が生まれ、うま味成分のグアニル酸も増えるからだ。だから、かつては本場中国の中華料理でも日本産の干ししいたけを珍重していた。

 中国といえば、曹洞宗の開祖・道元の故事も干ししいたけがらみ。│道元の乗った船が寧波の港に着いたとき、一人の老僧が干ししいたけを求めてやってきた。理由を尋ねると、「日々の食を調えるのも仏法修行のうち」と答える。深く感じ入った道元は、その後は弟子たちに台所仕事に励むよう諭すことにしたという。

 そんな背景があるせいか、精進料理のしいたけは不思議なくらいにおいしい。越前の曹洞宗大本山・永平寺に一泊で参禅体験したときは、朝夕の献立にしいたけの煮物や白和えが出て、その深い味に思わず拝みたくなったほどである。

 永平寺をはじめ禅寺はどこでも、一日三食きちんと口にできる幸福を省みるために自給自足につとめており、寺域内にほだ木を置いてしいたけを育てているところが多い。修行僧が摘み取り、干し、いのちの糧にするのである。そんなふうに、しいたけは自然からの恵みそのものであり、だからこそ、食べた瞬間に滋味が五体に広がるのである。




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