そばの散歩道


年越し蕎麦のこと

発酵学者・文筆家 小泉武夫

本日も快腸なり

 昔は、蕎麦殻を焼いた灰で古器物を洗えば、多年のあかもたちまち抜けて光沢を増すといわれた。また、金銀細工をするところでは、金箔を伸ばすのに蕎麦粉を使い、もし金銀粉が散れば蕎麦粉に吸い込ませて寄せたという。この縁起をかついだのが商家の晦日(みそか) 蕎麦である。

 蕎麦はまた、五臓の停滞物を除くとの言い伝えから、旧年の穢(けがれ)を去るための年越し蕎麦となり、引っ越し蕎麦は体の汚れを掃除する意味である。年の瀬もせまってくると、街の蕎麦屋の店頭には「年越し蕎麦の注文承ります」といった歳時風景が目につく。

 蕎麦は日本民族と苦楽をともにしてきた食べものといってよい。タデ科に属する一年生草木の原産地は、東アジアの温帯北部、ロシアのバイカル湖から中国北東部に至る冷涼地域といわれ、わが国には中国から朝鮮半島を経て渡来したと考えられている。古い記録としては、奈良時代の養老6(722)年7月に、旱魃(かんばつ・ひでり)飢餓に備えるため、蕎麦の栽培を奨励した元正天皇の詔勅が『続日本書紀』にみられる。山地、やせ地、乾地、冷涼な気候でも生育期間が短くてすむから、救荒作物(凶作の際にも収穫しうる作物)として日本人をしばしば救ってきたありがたい穀物である。

 しかし蕎麦は、救荒食というだけでなく、高い栄養価も日本人に評価された。小麦よりもタンパク質が多く、アミノ酸の構成も良質であるうえに、ビタミン類ではB1やB2が豊富で、中でもビタミンP(毛細血管の透過性を正常に維持する重要な作用をもつ)のひとつであるルチンが極めて多く含まれている。このことについては、最近、特に関心が高まっている。

 蕎麦といえば、汁は脇役として実に大切なものだ。いくら良い蕎麦を打っても、汁が不出来ならば店の蕎麦の評価が半減するのは当然である。名代の蕎麦屋は最もここに注意を払う。

 その定式は、味醂と醤油に砂糖を加えて煮立たせたものを「本返し」と名付け、これに随時、鰹節の煮だし汁を隠し味とともに調合する。店によって味付けに秘術があるのがうれしい。薬味は刻みネギが多いが、おろし大根や七味唐辛子も好みで使い分けるとさらに楽しいものになる。

 蕎麦屋での楽しみといえば、蕎麦湯をじっくり味わうのも結構なことである。蕎麦をゆでた湯が蕎麦湯で、蕎麦屋では四角い朱塗りの湯桶(ゆとう)に蕎麦湯を入れて茶代わりに出す店が多い。この蕎麦湯には、多くのミネラルや各種ビタミン、遊離アミノ酸等がかなり含まれているうえに、蕎麦のうれしい匂いが濃く残っているから飲まぬ手はない。残った汁に蕎麦湯を注ぎ、茶代わりにじっくりと味わうと風流人にでもなった気分になれる。テーブルに蕎麦湯が出ない店でも、注文すれば(たぶん)無料で持ってきてくれるはずだ。今年の名残に、また新しい年がすばらしい一年であることを祈って、師走の12月は年越しの蕎麦を毎日食べよう。

小泉 武夫(こいずみ たけお)
発酵学者、エッセイスト。1943(昭和18)年福島県生まれ。醸造学、発酵学の第一人者であり、食の冒険家としても知られる。今年3月、東京農業大学を退官。現在は、作家として執筆活動に専念する。

イラスト/茂本ヒデキチ




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