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第1回 長野県上田市『刀屋』 |
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◎信州で一番古いマチ…上田 |
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![]() 上田市の繁華街辺 |
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1300年前に信濃の国府(いまの県庁)が置かれ、国分寺が建立された。(のち国府は松本に移され、国分寺は戦乱で焼けた) 上田市内には鎌倉時代に建てられた仏閣・神社が多く残り「信州の鎌倉」と呼ばれる。 現在の上田市は人口12万。長野・松本に次ぐ長野県第3の都市。 |
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◎真田幸村と猿飛佐助 |
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![]() 真田幸村公(駅前の銅像) |
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「真田十勇士」は、上田城の若殿様、真田幸村(さなだゆきむら)が、猿飛佐助(さるとびさすけ)・三好清海入道(みよしせいかいにゅうどう)などの忍術使いや豪傑どもを率いて戦国の世を暴れ回る痛快無比の冒険活劇。昭和初期の少年たちを熱狂させた。 史実でも、「六文銭」の旗印を翻して上杉・徳川の大軍を翻弄した真田一族の知略と武勇は多くの逸話を残している。 天下分け目の「関ヶ原」では、幸村は父の昌幸とともに豊臣方につき、兄の信之は徳川の陣営に参加して戦った。その結果、兄は上田藩9万5千石を守ったが、幸村は大坂夏の陣で壮烈な討死をした。(のち、真田氏は信州松代藩に移された) 真田幸村は今も上田市民の敬愛の的。新幹線上田駅前には馬上豊かな幸村公の銅像が立ち、市街の至る所に真田の紋所「六文銭」が掲げられている。 |
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◎兵庫の「出石そば」も上田が原点 |
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江戸中期、但馬国(たじまのくに/兵庫県)の出石(いずし)藩に国替えとなった上田藩主仙石政明(せんごくまさあきら)は、上田から御用そば屋『南枝』(なんし)を連れて行った。それが「出石そば」の始まりで、いま人口1万1千の出石町には12代目『南枝』を始め、約50軒のそば屋がひしめき、西日本最大のそばの町として観光客を集めている。 |
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