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にっぽん蕎麦紀行
 


第11回 大阪府『喜庵』 大阪のビジネス街、堂島のビルの谷間で  “故郷の郷愁”を売る名物そば屋の気くばり商法




◎神田のそば屋が修業にきた堂島の店

東京のしにせ『神田やぶそば』
東京のしにせ『神田やぶそば』

東京のそば屋が、息子を大阪のそば屋に修業に出す…。何年か前、そんな話がテレビのドキュメント番組として放送され、話題を呼んだ。

東京は神田の老舗『やぶそば』。大阪は堂島の『喜庵』(よろこびあん)。
そば屋の息子が同業の店で修業するのは珍しい話ではないが、それがテレビの興味をひいたのは、「そばは東京、大阪はうどん」の常識があるからだろう。
東京の神田、大阪の堂島、という対比も面白い。それに加えて、『やぶ』のあるじ堀田氏夫妻のいかにも江戸の銘店らしい風格に対し、『喜庵』の山本氏の浪速の職人らしい強烈な個性。役者にも不足はなかった。

息子を手放す母の涙も交えて、なかなかに感動的な番組だった。また、東京のそば食いに、大阪にも、こんなそば屋があると知らせてもくれた。 






◎ビジネス街の古風なそば屋

ビジネスマンのお客が多い『喜庵』
ビジネスマンの
お客が多い『喜庵』


大阪のキタの繁華街、梅田からミナミの盛り場、難波(なんば)へ向かって延びる広い道路は御堂筋(みどうすじ)。その西側の歩道をJR大阪駅から10分ほど歩くと、曾根崎新地から堂島に入る。

江戸時代の堂島は、全国の有力な藩の蔵が建ち並ぶ米取引の中心地として栄え、昭和の初期まで「日本の米相場は堂島で決まる」と言われた。

いまの堂島は、中之島・船場(せんば)と並ぶビジネスの街。大手商社の本支店が集まり、数多い銀行の看板が重なり合う。

ビルの谷間にひしめく飲食店の殆どは夜だけの営業だが、一軒だけ、昼どきにもスーツ姿のオフィスマンが頻繁に出入りする店がある。それが『喜庵』だ。

店全体は鉄筋3階だが、1階は瓦葺きの軒に右横書きの古風な看板を載せ、その下には竹穂垣(たけほがき)を巡らせた小さな庭園。のれんは和紙と木綿の混紡…という、並大抵でない凝りようだ。




『喜庵』の山本さん夫妻
『喜庵』の山本さん夫妻

山本氏には事前に電話しておいたから、のれんをくぐると、「お待ちしておりました」と、美人の女将(おかみ)のアデやかな笑顔に迎えられ、2階に並ぶ静かな和室の一つに案内された。

卓上には『喜庵の沿革』と書かれた毛筆のメモ。主人・山本三喜男(みきお)50歳。女将・佳子(よしこ)51歳…に始まり、主人が修業した店、開業と改築の年、営業時間、定休日などが要領よく書かれている。取材者には親切な心くばりと感心した。



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