そばの散歩道にっぽん蕎麦紀行メニューへ次ページへトップページへ
にっぽん蕎麦紀行



第20回長野県『草笛』(小諸市など6店)
超人的なスタミナで信州そば街道を驀進する永遠の文学青年


小諸なる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ 暮れ行けば浅間も見えず 歌哀し佐久の草笛(抜粋)
(注)遊子(ゆうし)…さすらいの旅人





◎古城のほとり小諸のそば屋

佐久平駅から見る浅間山
佐久平駅から見る浅間山

小諸市懐古園前の『草笛本店』
小諸市懐古園前の『草笛本店』

『草笛』の中村利勝さん
『草笛』の中村利勝さん


雄大な浅間山のふもと、小諸市は古い城下町である。
しなの鉄道(旧・信越本線)小諸駅に近い小諸城址『懐古園』では『島崎藤村記念館』が観光客の人気を集めている。
明治22年(1889)、27歳の島崎藤村は小諸義塾の教師として小諸に赴任し、ここで7年を過ごして「千曲川旅情の歌」を残した。

その『懐古園』の門前に『草笛』という古風な蕎麦屋がある。私がこの店を見つけたのは平成元年。素朴で豪快な蕎麦の味にほれ込み、店主の中村利勝さんの話を聞いた。中村さんは昭和7年(1932)の生まれ。相撲の親方みたいに堂々たる体格の持主だが、声は優しく、なかなかの雄弁家だ。それ以来、小諸を通るたび、『草笛』は必ず立ち寄る店となった。

中村さんは、小諸市の西隣、東部町の蕎麦農家に生まれた。若いころから島崎藤村の文学にあこがれ、小諸市役所の観光課に勤めた。文学仲間だった良子夫人と結ばれた中村さんは、昭和36年(1961)に市役所をやめ、28歳で『草笛』を開いた。「子供の頃から親しんだ浅間山麓伝統の蕎麦を、旅の人たちに食べてもらいたかったんです」と、中村さんはいう。






◎ファミリーで拓く蕎麦の道

中村勝彦さん(長男)
中村勝彦さん(長男)

中村繁信さん(次男)
中村繁信さん(次男)

佐々木啓之さん(長女紀代子さんの夫)
佐々木啓之さん
(長女紀代子さんの夫)


広い農地を耕し、収穫した蕎麦を、朝4時から打って、9時に開店する。手を抜くことを知らぬ正真正銘の田舎蕎麦。年中無休のがんばりで店は繁盛した。
2男2女に恵まれた。長男の勝彦さんは東京の国士舘大学へ、次男の繁信さんは大阪の辻学園で調理の勉強。中村さんは兄弟2人のために、上田市に『草笛』支店を開いた。
東京でOLをしていた長女の紀代子さんが、恋人を両親に紹介するために帰ってきた。佐々木啓之(ひろゆき)さん。礼儀正しい青年で、東京の飲食店に勤めているという。おりからの観光ブームで店が狭くなり、団体客の受け入れに悩んでいたときだった。
「小諸で蕎麦屋をやらないか?」と、中村さん。
「やります」と、啓之さん。話は早かった。
昭和59年、新婚夫婦のため、懐古園の横に蔵造りの立派な店を建てた。1・2階に地下を合わせた260席の大型店。ここも藤村の詩にちなんで『草笛遊子亭』と名づけた。蕎麦打ち一家の一員として、啓之さんは腕をあげた。



-1-
にっぽん蕎麦紀行メニューへ 蕎麦紀行メニューへ 次ページへ 次ページへ トップページへ トップページへ

お問い合わせはこちら お問い合わせはこちら
copyright(c)1998-2007(社)日本麺類業団体連合会/全国麺類生活衛生同業組合連合会