《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

「利(きき)蕎麦」は、こう楽しむ

第十二回 片山虎之介

蕎麦は、産地により、また品種により、味が異なる。産地や品種の違う蕎麦を、何種類か味わってみて、それぞれの持ち味を楽しむのが「利(きき)蕎麦」だ。

蕎麦が本来持っている香りを生かすために、杉林さんは独自に工夫した方法で蕎麦を打つ。

「利(きき)蕎麦」とは「利(きき)酒」をまねた言葉。利酒とは本来、酒蔵で出来上がった酒の品質を確認する官能検査のことである。

京都の蕎麦店『じん六』では、 訪れた客の約5割が、利蕎麦を 楽しむ。同店の代表的メニュー、 「そば三昧(ざんまい)」を味わ ってみた。

『じん六』は平成7年の創業。京都府立植物園の近くにある19席ほどの店。開店する前から
店の前には、「そば三昧」を求める客の行列ができる。

 このメニューで供される蕎麦の産地は、いつも同じではない。その時々の仕入れの状態により、全国各地の蕎麦の中から、最も楽しめる組み合わせが選ばれる。今回、使われた材料は、福井県の大野在来、北海道浦臼町の牡丹そば、茨城県の常陸秋そばだった。

小皿の写真をご覧いただきたい。並んでいるのは手前から、大野在来、牡丹そば、常陸秋そばのヌキだ。

小皿に盛られた麺も、ヌキも、手前から福井県の大野在来、北海道の牡丹そば、茨城県の常陸秋そば。前年の天候の具合で、ヌキの状態は決して良いとはいえないが、こういう材料からも杉林さんは、素材の持っている味、香りを十分に引き出す。


この取材をした前年は、雨が多い異常な天候が続いたため、産地によっては玄蕎麦の状態が良くないものもあった。写真を見てもわかるように、褐色に焼けた色をした実が高い割合で混ざっている。このヌキを石臼で挽いて、蕎麦に打ったのが左側の写真だ。ヌキの色と蕎麦の色が似通っていることが、おわかりいただけるだろう。

 産地や品種ごとの食味の違いに関心を抱くようになったきっかけを、『じん六』主人、杉林隆行さんは次のように語る。

 「僕は京都生まれの京都育ちで、もともと蕎麦には、あまり馴染みがありませんでした。自分が蕎麦屋を出す前に、いろんな産地からサンプルを送ってもらい、小さな石臼で粉にして蕎麦を打ってみました。取り寄せたサンプルの中に、福井県の蕎麦がありまして、それを食べたときに、蕎麦ってこんな美味しいものやったんだと知って、感動したんです」

 偶然、品質の良い福井の在来種に出会って、蕎麦の美味しさに目覚めた杉林さんを、さらに驚かせる出来事が起こる。

 「10kgほどいただいた福井の在来種を使い切ったので、すぐ同じところに注文したんです。次に当然、同じものが来るだろうと思っていたんですが、送られてきたのは全く別ものやったんですね。最初に食べたときの香りも甘味も、嘘のようになくなっている。蕎麦って、こんなにバラつきのあるものなのかと、また驚いたんです」

豊かな香りと甘味が際立つ「そばがき」は弾力があり、箸で切ろうとしても、容易には切れない。時間をかけて調味したニシンを使った「にしんそば」も、人気メニューのひとつ。

杉林さんは、すぐに福井に行き、農家の方から蕎麦について、いろいろ話を聞いた。それが杉林さんの、産地巡りの始まりだった。

それ以来、杉林さんは、忙しい合間を縫って、日本中の蕎麦の産地を訪ね歩いている。そうやって集められた杉林さんのお眼鏡にかなった蕎麦を、『じん六』では味わうことができる。

利蕎麦をするときは、運ばれてきた蕎麦をすぐに食べることが大切だ。時間を置いたら味が落ちていく。仮に、同行した友人に、まだ蕎麦が運ばれてこないとしても、「のびてしまうから、お先に失礼」と言って蕎麦をいただこう。

最初は蕎麦つゆを付けずに、麺だけを味わう。香りを楽しみ、ちょっと噛んでみて、味を楽しむ。蕎麦つゆを使うのは、その後だ。蕎麦つゆは麺よりも、はるかに味が強い。最初からつゆを付けたら、麺の味はわからなくなってしまう。

北海道の広いソバ畑に揺れる白い花に思いを馳せながら、あるいは冬が間近に迫った福井の暗い空を想像しながら、それぞれの産地の蕎麦をいただくと、蕎麦を味わう楽しみは倍増するに違いない。


蕎麦屋 じん六
京都府京都市北区上賀茂桜井町67  075-711-6494

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