《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

ソバ畑の天気が気になりますか?

第十九回 片山虎之介

この夏、北海道を、北の端の稚内から、南の端の函館まで、ソバ畑を見ながら旅をした。ほとんどの畑が見事な出来だった。生産者も、皆、満足そうに「いいソバができた」と、白い歯を見せて笑っていた。

 それが刈り入れの直前、台風12号の影響で激しい雨が降った。台風のさなか、知り合いの生産者Kさんから電話がかかってきた。今、消防自動車で水をかけるような雨が降っているという。畑のソバが倒伏してしまった。悪くすると壊滅状態になりかねないと話すKさんの声は悲痛だった。

数日後、雨があがって刈り入れを進めるKさんから、再度電話があり、ソバがしっかりしていたので、幸いにも深刻な被害には至らずに済んだとのことだった。

ソバの栽培はリスクが大きい。今年良かったから来年も良いという保証はどこにもない。天候の影響を著しく受けやすい作物なのだ。

 Kさんも以前、2年続けてほとんど穫れなかった年があり、「今年だめだったら、ソバはもうやめだな」と言いながら種を播き、3年目にようやく豊作になったことがあった。来年もなんとか、うまくいくといいのだが。

 ソバは栽培する人の意識の持ち方で、その品質が大きく左右される。誰が、どこの土地で、どのように畑を管理してソバを育てたかで、良いソバにも、さほどでもないソバにもなる。

 ときどき「ソバは痩せた土地のほうがいいと、昔から言われているよ」と言う人がいる。それは大きな間違いだ。土地が痩せているほうがいい農作物なんて、あるはずがない。

 江戸時代の初期、貞享元年(1684)に書かれた農業の技術書、『会津農書』という書物が福島県に残されている。これを見ると、ソバの畑には馬屋の堆肥を入れるようにと書かれている。昔の人は、ちゃんと知っていたのだ。

 Kさんも、広大なソバ畑に、何年も寝かせておいた堆肥を鋤き込んで土作りに力を入れている。大変な手間と費用のかかる作業だ。こういう畑に、良いソバが育つのである。

 同じように、畑に手をかけて素晴らしいソバを作る生産者が、北海道の音威子府(おといねっぷ)村にいる。三好和巳さんという人だ。

 三好さんが作るソバに惚れ込んで、三好さんのソバだけを使う蕎麦店がある。埼玉県所沢市の『松郷庵 甚五郎(まつごうあん じんごろう)』だ。

 店主の松村喜久夫さんは、三好さんの栽培するソバにたどりつくまでに、良質の蕎麦粉を求めて試行錯誤を重ねた。県外の会社も含め、何社もの製粉所と取引してきたが、いつも「求めているものは、これではない」という思いを払拭できなかった。

 産地を変え、品種を変え、製粉所を変え、それでもだめ。あとは自分で製粉するしかないと考えていたとき、三好さんの蕎麦粉を扱っている製粉所と出会った。

 打ってみると粘性に優れ、香りが強く、今までのソバとは全く違った。味をみなくても良い粉であることはわかった。

 「これだ」と思ったという。「この粉に一生を賭けてみよう」と松村さんに決意させるだけの力をもった蕎麦粉だった。
 それ以来『松郷庵 甚五郎』では、三好さんの蕎麦だけを使っている。

 松村さんは台風12号の雨が所沢に降り続いていたとき、音威子府の天気を気にしていた。三好さんの畑のソバは大丈夫だろうか……。

 蕎麦をとことん愛すると、遠く離れたソバ畑の空模様が、気になってくるものなのだ。


松郷庵 甚五郎
埼玉県所沢市松郷272─2
電話04─2944─9168

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