《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

新蕎麦は年に3回出る

第二十回 片山虎之介

そろそろ、秋の新蕎麦「秋新」が出る季節だ。
  ご存知のように新蕎麦には、「夏新」、「秋新」がある。

昔の蕎麦好きが首を長くして待っていたのは、夏新よりも旨いと言われる秋新のほうだ。

しかし、北海道などで栽培されている夏新のほうが、生産量が圧倒的に多いため、新蕎麦というものは夏に出るものだと思っている人もいるらしい。

秋新を栽培している産地は、栽培規模が比較的小さく、収穫された蕎麦は地元で消費してしまう傾向が強い。県外に販売される量は少ないため、都市部では秋新は、夏新ほどには見かけない。

この新蕎麦の世界に、今、ちょっと異変が起こりつつある。夏新、秋新に加えて、春まきの新蕎麦が出てきたのだ。九州の大分県などで積極的に作付けして、栽培量を増やしている。

春まきの新蕎麦を仕入れれば、北海道の夏新が出るよりも早く、暑くなりはじめた初夏に新蕎麦として客に供することができる。これは店にとっても魅力的な新商品になる可能性が高い。

春まきの新蕎麦、夏の新蕎麦、そして秋の新蕎麦。年に三回、新蕎麦をメニューに載せることができるのだ。

さらに沖縄では真冬に新蕎麦を収穫することも可能なため、やろうと思えば、春夏秋冬、いつも新蕎麦を出すことも夢ではない。そうなったら「新蕎麦はじめました」の張紙も、紙ではなく木の板に書いて、店頭に釘で打ち付けておいてもいいかもしれない。

それは冗談だが、この新蕎麦、江戸の昔は蕎麦通の客が、一年待ちこがれて食べたものだった。

昔は冷蔵技術も未発達だったため、関東地方の気候では、暑い夏には蕎麦は劣化して風味も失せ、つながりも悪くなったことだろう。だから秋の新蕎麦が待ち遠しかった。「新蕎麦がいちばん旨い」と、客は思ったに違いない。

一年のうちで、最も蕎麦が旨くなるのは、いつなのか。ほんとうに新蕎麦が、最も旨い蕎麦なのだろうか。

これは難しい問題だ。ひとによっても答は違う。

蕎麦を、どのように保管するかによっても状態は違うし、蕎麦粉をどのようにして入手しているかによってもまた違ってくる。

しかし、蕎麦の風味にとことんこだわる蕎麦職人には、新蕎麦よりも、一冬越した蕎麦のほうが旨いという人が多い。甘味も強くなり、香りも蕎麦独特の、穀物の良い香りが出てくるという。

岐阜県は下呂の蕎麦店『仲佐』が大切に使っている蕎麦は、夏ころに挽くと、最も良い状態になるという。『仲佐』の蕎麦は、主人の中林新一さんが、みずから手をかけて栽培から収穫、乾燥、保管まで、徹底して管理したものだ。それを手挽きの石臼でていねいに製粉するのだが、まさしく驚異的に旨い蕎麦ができる。

そこまで凝るのは難しいにしても、新蕎麦がこれだけ何種類も出てきた時代、これをメニューで活用しない手はない。

夏新、秋新、春まきの新蕎麦。さらには夏に挽くヒネの蕎麦。いずれが旨いのか。

現代は、新蕎麦を温度管理して、仕入れたときとほとんど変わらない状態で保存することもできる。この三つの新蕎麦を食べ比べるメニューを作り、品書きに載せるのもまた、蕎麦好きの客の興味を引く試みではないだろうか。新蕎麦三種類の利き蕎麦である。

仲佐
  岐阜県下呂市森918─47
  電話0576─25─2261

トップページへ トップページへ