《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

人生は太く、長く
縁起の良い「一本うどん」


第二十七回 片山虎之介

京都、北野天満宮は、菅原道真公をお祀りした、梅と紅葉で有名な神社だ。

その真ん前に、うどん店『たわらや』がある。270年以上昔に建てられたという店舗の前に、華やかな服装の女性観光客が行列を作る。

お目当ては『たわらや』名物の一本うどんだ。昔は幅1.3p、厚さ1pもあり、名前の通り一本に繋がったうどんが、丼の中にとぐろを巻いて入っていた。 今は少し細くして、3本ほどに切ってある。

「年配のお客さまが、喉に詰まらせるといけませんので、この形にしました」と、15代目主人の久保 功さんは言う。

 細くしたと言っても、普通のうどんの倍以上の太さだ。それに長い。京都の淡口醤油を使っただしの中に横たわる姿は迫力がある。

「人生は、太く、短くよりも、長いほうがいいですから」と久保さんは微笑む。

特別に太いうどんなので、一日に決まった量しか打たない。取材用に残しておいていただいた最後の一本を撮影していると、引き戸を開けて若い女性がふたり店に入ってきた。

「あの、一本うどん、ありますか?」期待に満ちた声でたずねるが、「もうおしまいです」との返事に肩を落とす。

「…普通のうどんなら、ありますよ」と言う久保さんに、「いえ、一本うどんが食べたかったんです」と答えて、女性たちは店を出て行った。

人気の一本うどん、いつごろからあったものかはわからないが、北野天満宮の前で長い歴史を重ねてきた。それが戦後の食糧難の時代に、やむなくうどん屋を閉店し、名物も姿を消していた。それを久保 功さんが、奥さんや次男の尚史さんと力を合わせ、平成8年に復活させたのだ。

茹で時間は約50分。茹で過ぎると、うどんの表面が溶けてしまうので注意が必要だ。太いうどんなので、だしの濃さにも気を遣う。利尻昆布、鰹、うるめ、めじかの削り節でだしをとり、醤油、味醂を加える。それを返しと合わせ、絶妙のバランスで「たわらや」ならではの美味しさを作り出すのだ。

箸でつまむと、うどんはうなぎのように逃れようとする。ようやく口に運べば、ふわりと軟らかい口あたり。普通のうどんとは、ひと味違って、なるほど太さも御馳走なのだと感心させられる。

 珍しい一本うどんだが、実はその昔、江戸にも、こういううどんがあったのだ。村瀬忠太郎という蕎麦職人が、昭和5年に『蕎麦通』という本に書いている。本を書いた当時よりさらに昔、江戸は深川浄心寺の前に「ヤホキ」といううどん屋があり、ここでは一本うどんだけを売っていた。

親指ほどの太さのうどんが丼の中に、白蛇がとぐろを巻くように入っていた。これが極めて軟らかく、飯の代わりにも、酒の肴にも良いと大人気だった。

うどんの切り口は四角で、中心まで火が通り、軟らかくできている。この製法が難しくて、誰も真似をすることができなかったという。

秘伝の、作り方までも、この本には書いてある。

それによると、前日の夕方に打った太いうどんを、釜の中の熱湯に入れ、ある程度まで茹でたあと、火を引いて、蓋をしたまま一晩置いて、中心まで熱を通したのだという。

村瀬忠太郎は、この文の最後に「京都とか名古屋とかに、これに類するものがあるという話を、耳にした事があるが、果たしてどんなものであるか」と書いている。ここに紹介した京都『たわらや』の、一本うどんのことに違いない。


たわらや
京都市上京区北野天神前
電話075−463−4974

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