《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

1日200食
老舗の味を守る


第三十二回 片山虎之介

比叡山のふもと、『本家 鶴㐂そば』の蕎麦打ちは、朝、9時に始まる。

1回に打つ量は、蕎麦粉の重さで4s。生地をまとめると、人間の頭ほどもある大きな玉に なる。

八代目、九代目と店の職人たちが、平日は200食の蕎麦を打つ。土曜・日曜は、その倍、400から600食を打ち、それがほぼ売り切れるという。

休業日は第3金曜日のみ。正月も1日から営業する。

この数字には、ただ驚くばかりだ。いったい、何が、それだけ多くの客を、この店に引き寄せるのだろうか。

『本家 鶴㐂そば』の創業は、享保元年(1716)。初代は比叡山延暦寺で、食事を作る役割の僧だった。厨房で食を司るということは、僧たち全員の命を養うのが務め。極めて重要な仕事である。 その僧(初代)が還俗して比叡山のふもとに蕎麦屋を開いたのが、この店の始まりだ。

比叡山延暦寺と蕎麦とは、深い関係がある。寺で行事があると、来客に蕎麦が振る舞われるほか、僧たちの日常食としても蕎麦を食べた。

そして延暦寺には、「千日回峰行」という荒行がある。行者はわらじ履きで杖を手に、7年の歳月をかけて、経をとなえながら比叡山の山中をひたすら歩く。 千日回峰行の間に、行者は五穀と塩を断たねばならない時期がある。このとき口にして良いのは蕎麦だけだ。比叡山では五穀とは米、大麦、小麦、大豆、小豆を指す。五穀断ちの間、蕎麦だけが荒行に打ち込む行者の命をつなぐ食料となる。

このように延暦寺では昔から、蕎麦が修行と結びついた重要な食料であった。

寺の行事で蕎麦を打つ必要があると、『本家 鶴㐂そば』の主人が山を上り、その役目をこなしたという。今でもその関係は変わりなく、現在の主人も蕎麦を打ちに、延暦寺に馳せ参じる。

『本家 鶴㐂そば』の魅力は、その重厚な建物にもある。現在の店舗は今から130年前に建てられたもので、登録有形文化財に指定されている。

やがて机に運ばれてくるのは、朝の手打ち蕎麦だ。

この蕎麦は、290年の歴史の集積が形をとったものだ。麺もつゆも、明快な哲理が貫いている。9代に渡って店を守ってきた店主たちが、蕎麦を通じて何を伝えようとしていたのかが、その味から、はっきりと感じとれる。

『本家 鶴㐂そば』の暖簾の重さは、比叡山延暦寺の存在抜きには語れないだろう。

しかし、それだけがすべてではない。

この店の本当の凄さは、わかりやすく言うと、主人の腕の太さだと思う。

これほどの繁盛店の主人で、しかも76歳という年齢であるにも関わらず、毎日、蕎麦を手打ちしている。これは、店の味を決して落としてはならないという決意と信念のあらわれにほかならない。暖簾を守るということは、こういうことなのだ。

ひたむきな努力の積み重ねがあって初めて、『本家 鶴㐂そば』の暖簾は290年の時間を生き延びることができたのである。


本家 鶴㐂そば
滋賀県大津市坂本4─11─40
電話077─578─0002

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