《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

廃村の蕎麦屋に
200人の行例ができた


第三十五回 片山虎之介

九州は佐賀県唐津市の山中に、『狐狸庵(こりあん)』はある。主人の溝部 昭さんは、かつて兵庫県神戸市で、人気のうどん店を営んでいた。もともとは、うどん店なのだが、今は蕎麦屋ということになっている。

しかし溝部さんは、今でも『狐狸庵』は、うどん店だと思っている。この店が蕎麦屋と思われるようになった原因は、溝部さんが、この地に店を開く際、役場の人たちが「神戸から蕎麦屋さんが来てくれる」と、皆に告げたためだという。

溝部さんは、平成6年の夏、この地を訪れ、自然が豊かに残る環境が気に入って、引っ越すことを決めた。平成7年の夏に移転する予定だったが、1月17日に発生した阪神・淡路大震災で、神戸の溝部さんの店も被害を受け、移転が早まった。

この地域、唐津市の山瀬地区に初めて自家発電の電灯がともったのは、昭和35年のことだという。町の名は浜玉町といった。

一時は住人も、かなりいたのだが、その後、過疎化が進み、平成6年には残っていた人たちが集団移転して、「山瀬区」は廃止されてしまった。いわゆる廃村になったのだ。溝部さんが店を開いた当時、このあたりに住む人は皆無だったという。

そんなところに店を開いても、客が来るはずがない、というのが普通の判断だ。しかし、山瀬にできた『狐狸庵』の蕎麦がうまいとの評判が広がり、店の前には連日、200人もの人が並んだ。その行列は数年続いたという。

一日200人の客を受け入れるということは、蕎麦打ち職人が何人かいなければ難しい。しかし、『狐狸庵』で蕎麦を作る人は、溝部さんひとりだけだ。蕎麦打ちを見せていただいた。驚いたことに溝部さんは、機械打ちで蕎麦を作っていた。

 廃村になった村の蕎麦屋に、200人の行列ができる。しかもその蕎麦は、機械打ち。さて、それはなぜでしょう、という、クイズのような話だ。

溝部さんは、答のヒントを、次のように語る。

「お客さんに、蕎麦がおいしいと褒めていただいても、実はあまり嬉しくないんです。蕎麦が褒められるということは、そのソバを栽培した人が褒めてもらったということなんです。蕎麦の味は、材料のソバで決まってしまいます。私の手柄じゃないんです。だから、誰でも同じような粉で作っている、うどんを褒めてもらったほうが、私は自分が褒められた気がして嬉しいのです」

『狐狸庵』で供する料理は、蕎麦も、うどんも、いなり寿司を食べても、すべておいしい。どうしたら、おいしい料理を出すことができるのかを考え抜いた結果、溝部さんは今の作り方に行き着いたのだ。

蕎麦の供し方にも、独特の工夫が見られる。一人分の蕎麦を半分ずつ二回に分け、客の食べ進むタイミングに合わせて提供する。蕎麦の最もおいしい状態を味わって欲しいという溝部さんの強い思いが、ここにも現れている。

溝部さんは、どうしたら、おいしい蕎麦ができるのかが、わかっている人だ。腕の良い職人を何人も雇うよりも、雰囲気の良い店を、お金をかけて作るよりも、おいしい蕎麦の理論を知っているという「知識」は、大きな力になるのだ。『狐狸庵』の二枚に分けられた蕎麦を食べると、そのことに気がつく。


狐狸庵
佐賀県唐津市浜玉町大字山瀬1161─2
電話0955─56─7089

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