《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

蕎麦はもっともっと
美味しくなる


第四十回 片山虎之介

『仲佐』が、もしも東京にあったとしたら、一年中、行列が絶えないだろう。しかし、『仲佐』主人、中林新一さんは、そんなことに関心はない。客を集めるには、どう考えても不利な、山間の小さな町、岐阜県の下呂市に住み、ただひたすら旨い蕎麦を作ることだけに情熱を燃やす。

『仲佐』の蕎麦が美味しい理由を、ひとつだけ挙げるならば、ここだと思う。中林さんの情熱のすべてが、旨い蕎麦を作りたいという、その一点に注がれているからなのだ。
 

中林さんは、店のある岐阜県下呂市から、北アルプスを越えた長野県で、地元の上條泰利さんという協力者とともに、ソバを栽培している。この畑は、魔法の絨毯だと、僕は思う。黄金色に広がる一枚の畑でできるソバが、中林さんの夢を現実のものにしてくれるのだ。まさに、旨い蕎麦を作りたいという、その夢を。

「蕎麦の旨さは、畑で決まる」というのが、中林さんの持論だ。納得のいく玄蕎麦を手に入れるために、上條さんと力を合わせて、畑を作る。

秋になるとそれを手刈り、天日干しして、店に運ぶ。長い冬の間、中林さんはその宝物を、いつくしむように磨きをかけ、蕎麦切りとして昇華させる準備をするのだ。この時間がいちばん楽しいと、中林さんは言う。

技術的なことを、「中林さんは、これをこうやって、こうする」と書くのは、簡単だ。しかし、それでは肝心なことは何も伝わらない。技術はもちろん重要だが、その土台にあるのは「志」だ。中林さんから、旨い蕎麦を作る秘訣を学びたいと思ったら、技術より何より、まずそこを見習わなければ、何も学んだことにならない。

誰もが、畑でソバを栽培できるわけではないし、また、そうする必要もない。同じことを真似しても、おそらく成功しないだろう。

中林さんの蕎麦を味わい、否応無しに目の前に立ち現れてくる問い「蕎麦とは何か」を考えることが、重要なのだと思う。そこから、自分が作らなければならない蕎麦を探すための、第一歩が始まるのだ。

中林さんは、究極と言ってもいい蕎麦を作るようになっても、とても謙虚で、研究熱心だ。「片山さん、いい蕎麦屋さんの蕎麦を食べて勉強したいから、どこがいいか教えてください」と、いつも言う。


だから僕は、今度、いわゆる立ち食いの蕎麦屋さんをご案内しようと思っている。

そう返事をしたら、中林さんは「ぜひ、食べてみたいです」と、おっしゃった。つくづくすごい人だなあと思う。

立ち食いの蕎麦屋さん……今、日本中の蕎麦屋さんが、意識しなければならないのは、この問題だ。時代は大きく変わっている。蕎麦の世界は、激動の戦国時代に突入している。誰も避けて通ることはできない。

日本中の蕎麦屋さんに、美味しい蕎麦を作っていただきたいと思う。もっともっと、蕎麦は、美味しくなると思う。

がんばってください、蕎麦屋さん。誇張でも、なんでもなく、ほんとうに蕎麦の食文化に、赤い警告灯がともっているのです。


仲佐
岐阜県下呂市森918─ 47
電話 0576─25─2261

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