《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

うどんと蕎麦を
同時に供する
「芳香炉」


第四十四回 片山虎之介

京都には、創業を遥か昔に遡る多くの老舗がある。『晦庵 河道屋』の起源となる店の歴史も古く、享保8年(1723)ごろには、その存在を古文書によって確認できるという。実際の創業は、それよりさらに遡ると思われる、京都屈指の老舗の一軒だ。

その『晦庵 河道屋』の名物に「芳香炉(ほうこうろ)」というメニューがある。

「初めて聞く名前だ」と思う人があっても、おかしくはない。昭和7年に考案された同店のオリジナルのメニューだ。『晦庵河道屋』の主人、植田 健さんの祖父、14代目が、「座敷で供することのできる、美味しいメニューを作りたい」と考え出した。蕎麦とうどんが相盛りで供される珍しい料理だ。

中国に「火鍋子(ほうこうず)」という、寄せ鍋の料理がある。中央に煙突を備えた鍋を、炭火などで熱し、具材をスープで煮て食べる料理だ。これを参考にして、独自のスタイルを工夫したという。

「芳香炉」の味はいかに、といただいてみた。

優しく、たおやかな、例えれば、はんなりとした京言葉のような食感。「石臼、自家製粉」などと店頭に書かれた現代の蕎麦店とは、趣を異にする味だ。独特の味からは、京都の悠久の歴史の気配が感じられる。

植田さんは言う。

「私どもでは、お寺さん、神社さんにも、昔から蕎麦をお届けしています。古い時代の蕎麦の売り方は、茹でた蕎麦玉をお客様にお届けして、それを先方で湯通しして召し上がったものだと聞いています」

今でいえば、出前のような食べ方だ。ご存知のように、蕎麦は、茹でてから時間がたつと、のびて、ふやけてしまう。時間がたっても、美味しく食べられるようにと、『晦庵 河道屋』の蕎麦には、独特の工夫がなされている。その秘訣は、蕎麦を打つ際に、京・丹波の山の芋を、練り込むことだ。

「山の芋を蕎麦に打ち込むと、茹でたあと、時間がたっても、へたらずに、軟らかさの中にも張りが出るのです。山の芋は、和菓子の薯蕷(じょうよ)饅頭にも使われている、京都では大切な食材です」

自然薯を蕎麦に練り込む地方もあるし、茹でておいた蕎麦を、しゃぶしゃぶのように温めて食べる地方もある。いずれも、その地方ならではの、蕎麦の美味しさを楽しむことができる。『晦庵 河道屋』の蕎麦の打ち方も、そうした食文化のひとつだと言えるだろう。

同店は、菓子屋である『総本家 河道屋』の直営の店。昔は、蕎麦など麺類は、菓子屋で商ったと考えられている。京都にはほかにも、菓子と蕎麦を商う老舗が数軒ある。

『晦庵 河道屋』で、この蕎麦をいただくと、三菜五味の具材の味とともに、いにしえの京の都人の、風雅な好みのありようを知ることができる。


晦庵 河道屋
京都市中京区麩屋町通三條上ル
電話 075─221─2525

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