《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

田舎の雰囲気が薬味
蕎麦の味を引き立てる


第四十八回 片山虎之介

『大名草庵』と書いて、「おなざあん」と読む。

丹波市青垣町大名草という地名に由来する屋号だが、どこか泰然とした趣があり、良い名前だと思う。

蕎麦屋の魅力は、第一は蕎麦だが、それと同時に、人も大切であり、しつらえも重要だ。

『大名草庵』は、これらの魅力をバランスよく備えた、居心地の良い店だということができる。

この店で印象に残る部分は、まず茅葺き屋根の家だろう。

蕎麦屋を開く前は会社に勤め、食材を扱う仕事をしていたという主人・西岡芳和さんは、蕎麦屋を開くための店舗を探していたとき、この建物を一目見て「ここにしよう」と即断したという。

大き過ぎず、小さ過ぎず、店として客にくつろいでもらうには、十分なスペースがある。丹波の田舎の民家といった雰囲気も秀逸だ。

この建物はもともと、陶芸家のギャラリーとして建てられたもので、住むための家とは空間の取り方が少し違う。母屋の中心は大広間になっていて、人が集まる場として使うには、うってつけの構造になっている。

それに加えて、周囲の環境がすばらしい。

丹波市は約六万八千人ほどの市だが、優れた食材がそろった地域として知られ、美食を目的とした客が、大阪、神戸を始め全国から集まる。その丹波市の市街地から少し離れた、周囲を森林に囲まれた集落に『大名草庵』がある。田舎暮らしに憧れる人たちが夢見るような風景が、周囲には広がっている。

一時、日常の生活から離れ、心を解き放って蕎麦を味わう時間を楽しむ舞台設定は完璧だ。この環境が薬味となり、蕎麦の味をさらに魅力的なものにする。

町から離れた不便な場所でも、美味しい蕎麦屋があれば、人はそこまで足を運んでくれる。考えてみれば蕎麦屋とは不思議な存在だ。

『大名草庵』の引き戸を開け、店に入ると、西岡さん夫妻の笑顔が迎えてくれる。なんだか田舎の親戚の家にやってきたような安堵感を覚える。ここがまた、この店に常連客が多い理由のひとつなのだろう。

供される蕎麦も、満足のできるものだ。

西岡さんは言う。

「手製の、ちょっとファジーな電動石臼を使った、自家製粉の生粉打ちです。三重県産の蕎麦粉が中心ですが、今年から信州こそばを使ったメニューも考えています」

蕎麦打ちはご主人が担当し、料理や蕎麦つゆは、奥さんが作る。センスの良い器に盛られた心尽くしの料理はどれも美味しいが、特に鯖寿司と、鴨肉を使ったメニューの人気が高い。会社に務めていた時代は、鮮魚も扱っていたという西岡さんの、食材を見る目の確かさが、ここに生かされている。

客が店を訪れる理由は、蕎麦が美味しいからというのは重要だが、それひとつではない。接客にあたる人の人柄や、空間の居心地の良さなども、店の魅力の大きな柱となる。気持ちの良い場所で、気持ちの良い人に会って、気持ち良く蕎麦を食べたい。これが客の本音だろう。

丹波の田舎の『大名草庵』には、客の願いを叶えてくれる要素が、過不足なく用意されている


大名草庵
兵庫県丹波市青垣町大名草1003
電話 0795─87─5205

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