《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

避暑地の蕎麦屋の
夏メニュー


第五十一回 片山虎之介

蕎麦の旬とは、いつの時期を言うのだろう。

一般的には、新蕎麦が旬だと言われることが多い。

新蕎麦とは、夏新を指すのか、それとも秋新か。あるいは、夏、秋ともに、蕎麦の旬の時期なのだろうか。

旬とは、最も味が良くなって、出盛りの時期だと、辞書には書いてあるが、蕎麦は、いつ最も味が良くなるのか。出盛りはいつなのか、簡単には言えないことだと思う。

あえて言うなら、蕎麦好きの客が「蕎麦が食べたい」と思って、最も頻繁に蕎麦店の暖簾をくぐってくれる時期が、蕎麦の旬なのかも知れない。

そう考えると、夏を迎えるこれからが、蕎麦の旬。だから夏のメニューは、野球でいえば四番バッターのように大切なものだ。ここで確実にヒットを出さなければいけない。

夏メニューを研究するなら、暑い夏に人が集まる、避暑地の蕎麦屋さんの戦術を見習うのがいいだろう。避暑地で繁盛している蕎麦屋さんは、いわば夏メニューの専門家だ。

長野県軽井沢の人気店『東間』の主人、東間弘幸さんに話を聞いた。

「軽井沢は夏がいちばん大切なシーズンです。お客様は、軽井沢に清々しさを求めて、いらっしゃいます。だから夏の新蕎麦を、できるだけ早く召し上がっていただけるようにと考えて、北海道の中でも、最も早くソバを収穫する地域から仕入れるようにしています。毎年、8月1日には、新蕎麦を店に出せるよう、努力しています」

そうして仕入れた新蕎麦を、東間さんは石臼を使って自家製粉する。殻が付いたまま石臼で挽き、それをふるいで取り分ける。殻をわずかに残した蕎麦粉で打つと、小さなホシが点々と付いた麺ができる。これが『東間』の主力の蕎麦だ。「ざるそば」にも、人気メニューのひとつ「なっとうそば」にも使う。

つるりと喉元を滑り落ちる食感を出すために、つなぎの小麦粉を少量入れる。生粉でも十分つながるのだが、なめらかな食感を好む客が多いのだという。

東間弘幸さんは、以前は焼畑で栽培された在来種の蕎麦なども使い、個性の麺を追求した。しかし時代が変わり、焼畑をする人もいなくなり、以前使っていたような蕎麦は入手できなくなった。そのため、現在の作り方に変えたのだという。

軽井沢で蕎麦店が、経営を安定させるのは大変だ。客が多いのは夏だけで、冬は地元の客が中心になる。

従業員を雇用するのも、冬という季節があるから容易ではない。

だから夏のシーズン中に、できるだけ売り上げを伸ばさなければならないのだ。

『東間』では、夏は冷たいメニューだけに絞り、温かい蕎麦は作らない。

蕎麦を求めて来る客は、健康を気にする人の比率が高い。だから酒肴は地元の野菜を活用して、なるべく低カロリーになるよう工夫している。

もうひとつ大切なことは、ひとつひとつのメニューの味のレベルを上げることだ。軽井沢に来る客は、食べ物の味を良く知っている。蕎麦も、軽井沢までやってこなければ食べられないような味を、客は求める。

『東間』の蕎麦と料理は、さっぱりした清涼感と、味のバランスの良さに定評がある。この店の夏メニューは、涼を求める客を引き付ける魅力にあふれている。

写真協力/サライ(小学館)


東間
長野県北佐久郡軽井沢町大字発地1398─58
電話 0267─44─6566

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