《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

再起した老舗の暖簾 『かんだやぶそば』


第五十七回 片山虎之介

寒さも厳しい2013年2月19日。東京の『かんだやぶそば』から出火というニュースに、衝撃を覚えた方は多かったことでしょう。

この出来事は、単に東京の老舗蕎麦店が火事になったという話ではなく、蕎麦の食文化の柱の一本が、危機にさらされたという大事件だったのです。

翌朝の朝刊では、一面のトップ記事として、火災のニュースがとりあげられました。どれほどの大事件であったのかが、このことからもわかります。

それから1年8ヶ月後の、2014年10月20日。こんどは嬉しいニュースが飛び込んできました。

『かんだやぶそば』が再建され、営業を再開したのです。

蕎麦を愛する人たちは、われ先に、蘇った『かんだやぶそば』に集まりました。

店を取り囲むように長い行列ができ、並んでいる人たちは、皆、ニコニコ笑っているのが印象的でした。

今回のような事故が起きると、店を支えているシステム全体が危機にさらされます。

伝統の味を提供するということは、技術や知識や経験を身に付け、チームワークがしっかりした職人集団の存在があって初めて可能になるものです。店が火事になると、たとえ再建するにしても、そこで仕事をしていた職人さんたちの働き場が、しばらくの間、失われることになります。その間、他の仕事をす
るしかないのですが、一旦、他の店に就職して、その職場に馴染んでしまうと、再び、もとの店に戻るには、大きなエネルギーが必要になります。

だから多くの人が、『かんだやぶそば』は無事に復活できるのだろうかという不安を抱いたのです。

それが、無事に営業再開。店の内容は、建物が新しくなった以外、メニューや雰囲気も、以前のままで、伝統の味が戻ってきたのです。

蕎麦を愛する人たちは、皆、ほっと胸をなで下ろしたことでしょう。

しかし、懸念していた職人さんたちの行方は、どうなったのでしょうか。

『かんだやぶそば』4代目当主、堀田康彦さんは、営業再開にたどり着くまでの事情を、次のように語ります。

「店を支える、いちばん基になるのは、調理技術を持った職人さんたちです。幸いなことに調理の人たちは、同業の蕎麦屋さんが、一人ずつ預かってくださったのです。そして店を再開できるようになったら、職人さんたちが皆、戻ってきてくれました。大切な従業員が散らばって失われるということもなく、営業を再開できたのは、業界の有力な蕎麦屋さんに、ご支援いただいたおかげなのです。やはり地域の力というか、町とともに歩むというのは、蕎麦屋の基本線だということを、この事故の再建のプロセスの中で、再確認しました」

蕎麦という伝統の食文化の世界ならではの美談だと思います。困ったときに同業の仲間が、皆で助けあったという、その事実こそ、日本の伝統文化が生きていた証だと言えるのではないでしょうか。

『かんだやぶそば』の蕎麦だと、一目でわかる、緑色を帯びた蕎麦。これは、もともと初代の堀田七兵衛さんが、蕎麦の風味が落ちる夏の時期に、見た目だけでもお客さんに爽やかな色を楽しんでもらおうと、蕎麦の若芽を練り込んだことが始まりだそうです。現在はクロレラを練り込んで清涼感を出しています。

機会があったら蘇った『かんだやぶそば』を訪ね、蕎麦を愛する人たちが、力を合わせて守り抜いた、伝統の味わいを楽しんでください。



かんだやぶそば
東京都千代田区神田淡路町2─ 10
電話 03─3251─0287

トップページへ トップページへ