《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

会社員から蕎麦屋に転身
繁盛店を築く


第六十回 片山虎之介

兵庫県神戸市の郊外、大きなショッピングセンターの駐車場の一角に、『蕎麦処 一孝庵』はある。

 

創業は2004年、箱ア孝治さんが、それまで勤めていた鉄道会社を退職し、開いた店だ。

 

安定した職場を離れ、なぜ蕎麦店を始めるに至ったのか、その経緯を箱アさんに、お聞きした。

 

「会社に勤めていて、趣味で蕎麦打ちをやっていました。それを、まわりの人に食べていただいたりするのですが、味はどうでしたかと聞いても、皆さん、おいしいとしか言わないんです。それは、もしも思ったにしても、おいしくなかったとは言いにくいでしょうね。だから、これは、お金を頂戴して食べていただいて、それでもおいしいと言われたら、初めて自分の蕎麦の味に自信が持てるだろうと思ったのです」

 

そんな気持ちを抱きながら、仲間に蕎麦店をやりたいんだと話していた。しかし、具体的にどうすればいいのかまでは、まだ何もわからなかった。

 

そんなある日、箱アさんの蕎麦打ちを習いに、ひとりの男性が弟子入りしてきた。それが現在、『蕎麦処 一孝庵』が店を構える、ショッピングモールの地主さんだった。

 

蕎麦打ちを教えながら、お付き合いしていくうちに、地主さんが「では、ショッピングモールの敷地に、蕎麦屋の建物を建てるので、そこでプロとしてやってみませんか」と、すすめてくれた。

まさに、願ってもない話で、箱アさんはすぐに、蕎麦店をやることを決意した。

準備に一年をかけて、開業に漕ぎ着けたのは、53歳のときだった。

お客さんの反応は、上々だった。ショッピングモールのある近辺には、手打ちの蕎麦店はなかったため、訪れる客はみな、手打ちの味に驚いた。

蕎麦を食べて、代金を支払うお客さんが「お蕎麦、おいしかったわ」と言ってくれるのを聞いて、箱アさんは、蕎麦店を始めて、ほんとうによかったと思ったという。

『蕎麦処 一孝庵』では、各地の蕎麦産地で仕入れた蕎麦を、店に設置した石臼で、自家製粉している。こうすると、挽きたての蕎麦粉が使えるので、風味が良くなるのだ。

蕎麦は、国産のものだけを使い、すべて手打ちで作っている。

製粉作業は、現在、店長をまかされている吉田祐介さんが行う。吉田さんは、蕎麦を製粉し、蕎麦打ちもするし、接客もする。

常連客が5割から8割を占めるということは、やはり、この店の味を認めているお客さんが多いということだ。

地域の人が、リピートして来てくれることが、蕎麦店にとっては、何よりも大切なことである。

蕎麦つゆの味にも、工夫を凝らしていて、つめたい盛り蕎麦に使う「つけ汁」は、3年熟成の濃口醤油で作ったかえしを、半年ほど寝かせてから使う、いわば関東風の蕎麦つゆだ。

温かい蕎麦の汁は、ヒガシマルの淡口醤油を使い、その日とった出汁と合わせる、関西風の汁にしている。

そして、関西では、ご飯を食べたいという希望が多いため、セットメニューも重要な商品となっている。

休日には100人ものお客さんが訪れることがあるという『蕎麦処 一孝庵』は、地元の人々にとって、なくてはならない店になっている。



蕎麦処 一孝庵
兵庫県神戸市北区八多町中1150
グリーンガーデンモール北神戸内
電話 078─953─3358

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