《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

一本のうどんで
3種の食感を楽しむ


第六十二回 片山虎之介

お伊勢参りで知られる三重県・伊勢神宮の別宮、月読宮(つきよみぐう)の裏手に『つきよみ食堂』はある。伊勢うどんを供する店だ。国道23号線に面し、観光客よりもルートセールスの会社員とか、地元の人たちが通ってくれる。

 

「地元の常連さんが大切なんです。安定して、雨の日も風の日も来てくださいますからね」と、主人の楠木康生(くすきやすお)さんは言う。

 

昭和55年に創業した当時は、うどんと蕎麦の店として始めたのだが、やがて地元のお客さんが求める、ご飯の丼ものの出前が中心になった。

 

しかし、夫婦ふたりで切り盛りする店のため、出前と店を両立させるのは困難だった。やむなく出前をやめ、店での販売一本に絞った。現在は、うどんと、ご飯の丼ものを組み合わせた定食の人気が高くなっている。

 

一番人気は「かつ丼と半盛りのセット」だ。半盛りとは、伊勢うどんが半分量付くという意味である。

 

『つきよみ食堂』には、オリジナルメニューが多い。伊勢うどんとか、かつ丼と聞くと、どこにでもありそうな印象を受けるが、さにあらず。『つきよみ食堂』のメニューは、ちょっと違う。随所に、この店ならではの工夫が加えられているのだ。

 

例えば、「潮香都丼(しおかつどん)」というメニューを見てみよう。これは、使う食材は、とんかつなのだが、台になるご飯に、海藻の『あおさ』を細かくして混ぜ込んである。あおさは、伊勢志摩の特産品として知られ、三重県が全国生産高の約7割を占めている。海苔の香りが豊かに漂う「潮香都丼」は、人気のメニューのひとつになっている。

最も店の個性を感じるのは、看板商品である伊勢うどんだ。以前は製麺業者からうどん玉を仕入れていたのだが、7年ほど前に手打ちの自家製麺に切り替えた。

楠木さんはいつも、夕方4時頃になると、翌々日分のうどんを作り始める。水回しをして、かたまりにした生地を恒温庫に保管しておく。それを翌日の朝、6時頃に、踏んで延ばす。しばらく寝かせるので、麺線に切るのは10時頃だ。切った麺を冷蔵庫で寝かせ、実際に茹でるのは、もう一日、後になる。作り始めてからお客さんに供するまでに、二日をかけている。

このうどんは、茹でるのにも手間がかかる。55分茹でて火を止め、15分ほどそのまま湯につけておく。

お客さんから注文があってから茹でるのでは、間に合うはずがない。うどんは、朝のうちに茹でておき、注文を受けたら、釜で軽く茹でて、提供する。

ここまで手をかける理由は、楠木さんが目指す食感と味を備えたうどんを、お客さんに味わってもらいたいからだ。

楠木さんが、こうして作った「伊勢うどん」を、試食させていただいた。

11本で一人前という、鉛筆よりも太いうどんだ。

口に入れると、通常のうどんとはまるで違う、とろけそうな食感に思わず目を見張る。表面は軟らかいのだが、麺全体には適度なコシがある。歯を当てると、もちもちした食感が、麺が太い分だけ増幅して、噛む楽しみを倍増させる。

たまり醤油に濃口醤油を加えたという汁は、すっきりと香り豊かで、うどんの甘さを際立たせる。

一本のうどんが見せる3通りの食感が、伊勢うどんの魅力とは、どういうものなのかを教えてくれる。

楠木さんは効率良く仕事をこなすために、冷凍のシステムも考え出した。工夫を積み重ねることで、『つきよみ食堂』は、さらに魅力的な店へと昇華していく。



つきよみ食堂
三重県伊勢市中村町831
電話 0596─23─5154

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