《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

十割蕎麦の魅力を
地域に広める


第八十八回 片山虎之介

日本には、豊かな蕎麦の食文化が、昔から根付いている地域もあれば、蕎麦にはまったく縁がなかった地域もある。また、昔は盛んに食べられていたのだが、今では、そのことさえ忘れられてしまった地域もある。

三重県四日市市は、蕎麦には縁の薄い土地だ。蕎麦を好んで食べるという人の数も、多くはない。

この町に昭和61年創業の『そば処 老梅菴』がある。

主人の堀木栄司さんは、店を始めたときの様子を、次のように語る。

「蕎麦を食べる習慣のない土地で、蕎麦店を始めようと思ったきっかけは、良い師匠に巡り合ったからです。真摯に蕎麦に取り組んでいる師匠の姿を見て感銘を受け、この方に学びたいと思ったのです」

教えを請うと師匠は、「将来、蕎麦屋を始めるつもりなら、いっそのこと、今始めてしまいなさい。私がその店に出向いて指導しましょう」と言ってくれた。それで堀木さんは、まずは店を開き、営業しながら師匠に蕎麦のことを教えてもらったのだという。

蕎麦について深く知るほどに、堀木さんはその魅力に引き込まれていった。自分なりの理想の蕎麦を追い求めていくうちに、現在、行っているスタイルにたどりついた。

『そば処 老梅菴』で使うソバの実は、地元の農家に依頼して、在来種を栽培してもらっている。



それを自家製粉して、手打ちで供する。

蕎麦はすべて生粉打ちだ。

「だから、うちには小麦粉がありません」と堀木さんは笑う。

温かい蕎麦も生粉打ち。通信販売も行っているが、その商品も生粉打ちの蕎麦だという。

通信販売で送っても、蕎麦は切れないのだろうか。それをたずねると、「ほぼ大丈夫です」との返事だった。時間が経過しても、あたたかい蕎麦に使っても切れにくい麺にするために、製粉を工夫しているとのことだった。

毎朝、手打ちする蕎麦は二種類。殻のついたままの玄そばから製粉して作った蕎麦粉で打つ色の黒い蕎麦と、殻をむいた状態の丸ヌキから製粉して作った蕎麦粉で打つ、明るい色の蕎麦。メニューにより、二種類の麺を使い分けるが、ほとんどのメニューで、色の明るい麺を使っている。

しかし、もりそばは、黒い蕎麦を好む人が多いという。

人気のあるのが「梅そば」。『そば処 老梅菴』の屋号にも使われている「梅」を使った蕎麦を作りたいと考案したメニューだが、酸っぱさを抑えた味が好評で、今では店の看板メニューになっている。

蕎麦には縁の薄かったこの地で、『そば処 老梅菴』が発信する蕎麦の美味しさに、少しずつ共感の輪が広がっている。


そば処 老梅菴
三重県四日市市西新地11─3
電話 059─351─9376

トップページへ トップページへ