《連載》虎視眈々 片山虎之助の眼

日本麺類業団体連合会が発行する冊子『麺』の随筆です。

絶対に出前をしない
お隣りにも持っていかない店


第九十回 片山虎之介

昭和48年に創業した『めん工庵 野路』は、創業から十数年の間、出前が主力の店として繁盛していた。店の売り上げの8割が出前だったが、ある日、出前で届けた蕎麦がのびていることに、お客さんからクレームがついた。

出前で配達するのなら、蕎麦がのびるのは仕方ないのだが、主人の森 幸一さんは、この出来事のあと一大決心をして、出前を一切やらない店に切り替えた。

森さんは、その理由を次のように語る。

「料理を作って、お客様に召し上がっていただくのなら、やっぱりおいしいものを味わっていただきたいですよね。蕎麦を出前で届けたら、のびないようにしろと言われても無理な相談で、蕎麦を作った私どもにしても、不本意な商品を届けているということになってしまうのです」

おいしい料理を作ったら、おいしい状態のときに召し上がっていただきたい。だから、出前はやらない、と決めたのだという。

「絶対に出前をしない店にしました。おとなりにも持っていきませんでした。今まで出前が主力だったのですから、店はガラガラです。赤字が二年続きました。それでも出前はやりませんでした」

おいしい蕎麦を味わっていただきたいのだという信念に共感して、応援してくれる人たちが次第に増えていった。三年目にして、ようやく店にお客様が来てくださるようになったのだという。

森さんは、こうと思ったら一直線に進む人だ。蕎麦屋は、楽しみながら経営しなければいけないと信じている。

「店の人間が楽しくなかったら、お客様だって楽しめるはずがないです。だから何をするにも、楽しくやることを心がけているのです」

店のメニューも、ありきたりの名前はつけない。

例えば「畑の美女そば」というメニューがある。これは大根おろしを使った「おろしそば」だ。大根を女性の脚になぞらえて、畑の美女そばと命名した。

また、「愛もり天福来そば」というメニューもある。これは「相盛り天ぷらそば」を、縁起の良い当て字にしたものだ。

そして、最も大切なことが、おいしい料理を作ることだ。

こうした森さんの信念を知っている人たちが、毎日、常連として食事に訪れる。それぞれに、お気に入りのメニューがあり、それを注文するため、うどんや、ご飯ものなど、メニューの数も多くなる。

昼には、小丼や少量の蕎麦やうどんを組み合わせたセットメニューを作ったところ、これが大人気で、昼食の時間帯は、このセットの注文が圧倒的に多いという。

現在、71歳の森さんは、毎日、10sの蕎麦を手打ちする。

蕎麦をおいしく打つことが、楽しくて仕方ないという。

かつて志した「絶対に出前をせずに、おいしい蕎麦を味わってもらう店」という理想は、現在の店として実現している。今、森さんは、自分が目指した理想の中に生きている。


めん工庵 野路
石川県金沢市八日市出町514─1
電話 076─249─1709

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