そばの散歩道

麺類雑学事典

麺の長さ

麺類に関する諺に、「うどん一尺、そば八寸」というのがある。1尺は約30センチメートル、8寸は約24センチメートル。手打ちの場合のうどん、そばそれぞれの長さの標準を示した言葉で、この程度の長さが最も食べやすいからともいわれる。

しかし、単純に食べやすいという理由だけから、わざわざこの長さが標準になったとは考えにくい。食べやすさもさることながら、それ以前の問題として、作りやすさがあったと考えられる。 実際、そばの場合は麺棒の長さが一つの根拠になっている。通常、「江戸流」で使用される3本の麺棒のうち、2本の巻き棒の長さは4尺(約120センチメートル)だ。この巻き棒の長さいっぱいの幅に延ばした生地を四つ折りにすると、畳まれた生地の縦方向(庖丁が当たる方向)の長さはおよそ8~9寸になる。

もちろん、もっと長い麺棒を使えば長いそばができるとも考えられるし、信州などではかなり長い麺棒で大きく延す打ち方があるが、刃先のやたらと長い庖丁を使うのも大変である。江戸流のそば切り包丁の刃の長さは、約33センチメートルが標準で、このくらいの大きさの庖丁が最も使いやすいといえよう。

ちなみに、畳み方には2通りあって、生地を向こう側に折っていく「外折り」にすると折り目が手前になり、庖丁の刃先が当たらないため倍の長さにしやすいともいわれるが、長くできるかどうかは、そば粉の状態や、木鉢の技術、つなぎの有無や割合などにも影響されるから、一概にはいえないだろう。

また、「そば八寸」というのは、並そばまたはそれよりも細いそばの場合の標準で、太打ちのそばは想定していない。その理由は、江戸のそば職人の仕事には太打ちがなかったからという。 一方、うどんの長さについては、麺棒の長さというよりも、生地の延ばしにくさの問題も関係しているようだ。小麦粉のグルテン組織をしっかりと形成させ、その強い粘弾性が持ち味となるうどんの場合、そばのように薄く延ばすのは大変骨が折れる仕事で、名古屋のきしめんなどは例外といっていい。また、うどんの生地はそばと違い、切る際に畳んだ折り目から切れてしまう心配もない。 そのため、うどん一尺というのは、最低でもこれくらいの長さになるまで延ばしなさいという意味合いが強いのではないかという意見もある。

ところで、同じ小麦麺でも、うどんとそうめんは長さの目安が違う。江戸時代初期のそうめんは長く延ばしたままの長そうめんで、中期に刊行された『狂斎図譜』には、やたらと長いそうめんを苦労して食べている様子が誇張して描かれている。 この江戸時代中期頃からは、長いそうめんを6寸(約19センチメートル)の長さに切り揃え、印紙で巻き止めた上等品の「切りそうめん」が登場しているが、もっぱら進物用で、庶民は安価な長そうめんを食べていたらしい。