そばの散歩道

お店紹介

各地の名店

福井におけるそばの歴史と
文化を物語る老舗

 自身の発案により戦後全国を巡幸された昭和天皇は、1947(昭和22)年に福井県を訪問した。その際にそばを召し上がった店として知られる店が『うるしや』だ。昭和天皇はその味に感動し、「越前のそば」と話されたことが現在の「越前そば」の呼び名が広まった由来と言われている。店名の通り、漆の販売をしていたが、1860年代にそば店となったという、170余年の歴史を持つ文化財的な店といえる。
 しかし、一時期は閉店し、店自体の存続が危ぶまれる時期があった。代々梅田氏一族が受け継いできた『うるしや』は、後継者と目されていた方が急逝、その子息も後を継ぐことはなく、店を続けることが難しくなった。そのような折、これだけの歴史と伝統ある店を失うことは大きな損失だと考え、店を引き継ぎ、再興しようと立ち上がったのが原崎衛さんだ。

『うるしや』の店舗内外観。越前市内の古い街並みに溶け 込んだ風格のある建物はリニューアルしても健在だ。
『うるしや』では「名代おろし蕎麦」の名で品書きに並ぶおろしそば。『うるしや』伝統の茶そばと生醤油に辛味大根おろしの絞り汁を入れたつゆで提供する。福井県産の玄そばを自家製粉し、手打ちで製麺し、『うるしや』の看板に恥じないそばを提供する。/figcaption>
 原崎さんは福井県勝山市の出身で、調理専門学校を卒業後、東京の洋食チェーン店に就職し20年ほど勤めた。しかし、40代を前にして自身で店を始めたいと考え、郷里に戻った際に、福井のそばの魅力を再発見した。原崎さんは「子供の頃から知っているはずなのに、こんなにもすごい食べ物だったのだと再認識しました。そこで妻子を東京に残し単身で、福井県大野市の『福そば』さんで2年間修業させてもらいました」と話す。
 修業を終え、東京に戻った原崎さんは都内や近県の物件を吟味し、周囲に福井県発祥の会社もある東京都新宿区神楽坂で『九頭龍蕎麦』開店した。現在は神楽坂の店を含めて3店舗を経営している。そうした中で、店に来店する福井県出身の方や、調理学校時代の同級生から『うるしや』が閉店し、店も取り壊すのではないかとの話を聞き、越前市の第3セクター組織を通じて『うるしや』の先代の妹さんと引き合うことができた。その方は、代々受け継いできた家業を他人に譲ることに難色を示していたが、原崎さんの熱意ある説得で『うるしや』の看板と店を任せることにした。「店を受け継ぎ、修繕して開店したのが2019(平成31)年4月のことです。その年の12月までは、私が店長として店に張り付き、『うるしや』の看板を傷つけないように努力しました。今は信頼できる従業員がいるので任せていますが、これだけの歴史がある店ですからきちんと守らないといけないと身が引き締まる思いでした」と当時の思いを話す。リニューアルした店を見に来た先代の妹さんも涙を流して喜んでくれたという。また、かつて店を使ってくれていた方の孫がまた新たなお客様になるなど、店の歴史とともにお客様の歴史も受け継がれている。
 福井のそばの歴史を文化を語り続ける老舗といえる『うるしや』は、その歴史を閉じる危機がありながら、熱意ある経営者に救われた。
「名代蕎麦山かけなめこ」は、とろろとなめこをのせたそばを辛汁で食べる。
そばを中心としたコース料理も提供している。手軽に楽しめる「お昼の点心」の 他、予約制のお座敷懐石3コース(写真は「越前」)を用意する。
一品料理では、福井県大野市上庄地区で栽培されている里芋を使った「上庄 里芋煮っころがし」や「福井油揚げ座布団焼き」など郷土食豊かな品が充実し ている。/figcaption>
<店舗ホームページ>https://urushi-ya.com

うるしや

福井県越前市京町1-4-26

0778-21-0105